2020年12月10日木曜日

佐野洋子『役にたたない日々』

井伏鱒二の『荻窪風土記』は名著だと思う。
昭和のはじめ。駅の乗降客も少なく、あたり一面田畑だった時代の荻窪が描写されている。かつては田園風景のひろがっていたこの一帯も今では見る影もないほど変貌を遂げている。
佐野洋子も荻窪に住んでいたらしい。もちろんそんなことは知らなかった。佐野洋子という人もだ。先日読んだ角田光代の『私たちには物語がある』でたいそうおもしろい本を書く人だと知って、手にとってみたのである。
荻窪駅北口に出て青梅街道を渡ったところに教会通り(井伏鱒二の時代は弁天通り)と呼ばれる商店街がある。昔からずっとある店もあるが、様変わりした店も多い。駅の方から北に向かって200メートルほど行くと右に曲がる。その角にS青果店がある。S青果店のおやじさんは、そうかセロリが嫌いで、だから店にも置いていなかったのかなんて話は相当おもしろい。八百屋の向かいにはMという鶏肉店があった。著者はスープをつくりたくて、鶏ガラをわけてもらおうと店主に声をかけるが断られる。
M鶏肉店はお店を閉めてしまったけれど、唐揚げとか焼き鳥とかうまかったなあ。
行ったり来たりするけれども、少し駅の方(つまり南)に戻ったところにKという文房具店がある(S青果店もM鶏肉店も本書のなかでは店の名前までは明かされていないが、だいたいわかる)。偏屈な店主が店番をしている。商売人としてあるまじき態度で難癖をつけられた著者は不快な思いをするが、不思議なことにその店主に好意を抱いてしまう。
家内は中学生の頃からずっと荻窪だったので、教会通りの文房具店のおやじってヘンなの?と訊ねたみたら、おじさんもヘンだったけどおばさんも相当ヘンだったという。僕はいちどもお店に入ったことがない。いちど訪ねてみたいと思った。おじさん、おばさんはまだいるのだろうか。
それにしても佐野洋子おそるべし。この本は平成の『荻窪風土記』である。

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