2019年2月4日月曜日

安西水丸『青山へかえる夜』

時間ができると日比谷図書文化館の二階で雑誌を読んだり、東京関連の本を眺めて過ごす。
今のように千代田区立でもなく、図書文化館でもない都立日比谷図書館の時代(学習参考書を解読するしか楽しみがなかった高校生時代)からここには足を運んでいる。僕にとって気持ちが落ち着く空間である。現実から逃避できる不思議な居心地のよさがある。
イラストレーター安西水丸は生前お付き合いがあったので(というか縁あってさんざんお世話になっていたので)、ときどきその著書を開いてみる。今までに出会うことのなかった安西水丸がそのなかにいそうな気がして。
この本は1990年代なかば頃雑誌に連載されていた文章をまとめた単行本である。著者がいちばんいそがしかった時代ではないだろうか。適当に書いているといえばそれまでだが、ユーモアを通り越した悪ふざけのなかにも独自のペーソスが感じられる(ほんのわずかだけれど)。
安西水丸の著作のなかでは『手のひらのトークン』(新潮文庫1990年)が秀逸だ。大学卒業後勤めた大手広告会社を辞めてニューヨークにわたった青年の物語。創作と呼ぶには生々しい当時の「ぼく」の苦悩が描かれている。安西水丸になるずっと以前の渡辺昇(本名)がそこにいる。
当時、南青山にあったバーアルクールがなつかしい。重い扉の向こう側には現実と隔離された不思議な空間があった。僕より少し年上のKさん、少し年下のIくん。ふたりのバーテンダーがカウンターの中に立っていた。ワイルドターキーのライウイスキーをすすりながら、とりとめのない話ばかりしていた。安西水丸は夜中にふとあらわれて、「安い酒は飲まない方がいい、二日酔いになるから」と言い残して消えていった。
アルクールはその後西麻布に移転した。その後フェードアウトするように通わなくなってしまった。
安西水丸が他界してもうすぐ5年になる。近々、墓参りに行こう、近況報告をしよう。

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