2021年11月5日金曜日

獅子文六『達磨町七番地』

かんだやぶそばに行った。たいへんひさしぶりに、である。
先月のことだが、昔お世話になった広告会社の方たちにお会いした。そのなかのひとりアートディレクターの松木さんは、8月に手術を受け、その後順調に回復された。蕎麦屋でも行きたいよねなどと話していたが、まだまだ新型コロナ感染者数は増える一方で緊急事態宣言が解除されるのを待っていたのである。
集まったのはクリエーティブディレクターでコピーライターだった内山田さんと山石橋さん。いずれも後期高齢者である。かんだやぶそばでなければいけない理由もなかった。まつやでも室町の砂場でもよかったが、僕が学生時代大晦日のみやげ売り場でアルバイトをしていたことがあり、そんな話をしていたら、かんだやぶそばいいよねってことになった。昼過ぎにお店の前で待ち合わせ。土曜日だったので少し行列ができていた。ビールとぬる燗を飲みながら、板わさ、焼きのり、合焼きなどの定番メニューをつまんで、せいろう蕎麦をたぐった。至福のひとときだった。
獅子文六がパリ遊学を終えて、帰国したのが1925年。戯曲や翻訳の仕事を続けていたが、やがて小説を執筆するようになる。36年には新聞連載された『悦ちゃん』が評判を呼ぶ。この本に収められている小説は36〜38年に新聞や雑誌に掲載された短編である。
軍部の力が増し、暗雲立ち込めている時代ではあったが、後に娯楽小説の大家となるその片鱗がすでに見えている。昭和初期、戦前の、ほんのわずかな幸せな時代が描かれている。パリ時代の経験をもとに書かれた表題作「達磨町七番地」のほか、南州、北州の友情物語「青空部隊」やデパートの店員を主人公にした「青春売場日記」など当時の社会や風俗を知る上でも楽しい作品集だ。
「青空部隊」は後に「青空の仲間」というタイトルで映画化されている。南州は三橋達也、北州は伊藤雄之助だったらしい。観てみたい映画がまた一本増えてしまった。

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