前に書いたかもしれないが、すぐれた広告表現というものは発明ではなく、発見であると岩崎俊一は言っていた。何度か事務所で打合せをしたことがあるが、氏はひたすら資料を読み、広告会社の営業担当者の話に耳を傾けた。若いCMプランナーが考えたアイデアを吟味した。今回与えられた課題にみんなどう対応しているのかを。その間、鉛筆を手にとることはなかった。とにかく人の話を傾聴していた。
岩崎事務所の打合せスペースの端にデスクが置いてあり、そこには氏の弟子とおぼしき若い男がいつも座っていた。打合せに参加するでもなく、ひたすら何かを書くでもなく、じっと机に向かっていた。彼の書いたものを見たこともなければ、声すら聞いたことがなかった。書生のようでもあった。20年以上昔のことである。
それから何年かして、書生は独立した。日本たばこ産業(JT)のマナー広告「あなたが気づけばマナーは変わる。」が話題を呼ぶ。コピーライターは岩崎事務所の書生、岡本欣也だった。
この本は広告コピーの指南書という体裁をとりながら、著者の岩崎事務所時代が描かれている。彼は岩崎俊一から指導を受けた経験がほとんどないという。長いこと、打合せルームの隅に置かれた机に座り、岩崎俊一の声にじっと耳を傾けていたのだろう。毎日、毎日、岩崎氏のことばが彼の体内にうっすら積もってゆき、分厚い地層をつくった。その地層の下に蓄えられたエネルギーが自然発生的に噴出した。いつしか岩崎俊一同様、言葉を発見する術をおぼえたのだ。まさに「門前の小僧習わぬ経を読む」の世界である。
それにしても岡本欣也の岩崎俊一にそそぐまなざしがいい。もちろん僕はさほど岩崎大先生のことは知らないけれど、非常に難解な人であったことは容易に想像がつく。なにものにも代えがたい経験を積ませてもらった氏への感謝の気持ちにあふれている。
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