2020年5月22日金曜日

ビートたけし『ラジオ北野』

消しゴムの最期を見たおぼえがない。
消しゴムは鉛筆で書かれた文字なり、数字なり、絵なり、図なりをその身を削って消して、自らの分身ともいえる消しかすとなって消耗していく。身近にあるものとしては、石鹸に近い。しかしながら身の細った石鹸はたいていの場合、真新しい石鹸と癒着合体されることでその使命を、存在が無となる瞬間までまっとうする。使い果たされんとしている消しゴムには他の消しゴムと接着する性質はなく、かといって消しゴムは自力で動くことはできず何ものかのはたらきかけがなければ、仕事ができないから、少なくとも手指で支えられなければ機能しない。その大きさ(というか小ささ)の限界値は学術的にはあきらかにされていないが、おおむね縦横1cm、厚さ5mmくらいではなかろうか(どうでもいいことではあるが)。そして小さく小さくなった消しゴムは、筋力が衰えるみたいに、その形を維持する力がなくなり、ぽろぽろと細かくくだけるようにちぎれて、やがて消しかすとともにごみ箱に移される。ずいぶん端折ってしまったが、消しゴムの最期とはこんなことではないだろうか。
これほどみごとになくなってしまう物体もめずらしい。醤油だって、マヨネーズだって容器に入っている。厳密に最後の一滴まで使い切ることは困難である。石鹸に近いと先述したが、タンスに入れる防虫剤とも似ている。こちらは成分が気化してなくなってしまう。包装材だけがむなしく取り残される。マジシャンが脱出に成功したみたいに。
この本は7年ほど前に単行本で読んだ。その後文庫化もされたようだ。
ビートたけしの雑誌の連載や対談はおもしろい。くだらないおもしろさだけでなく、ちゃんとわかっている発言をするからおもしろいのだ。もちろんくだらなくもある。どうしよもなくくだらない。ちゃんとわかっているのにくだらないから、おもしろいのだ。
つい、くだらないことをちゃんと考えてみたくなる。

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