2019年11月9日土曜日

獅子文六『沙羅乙女』

今年は獅子文六没後50年ということらしいが、人類がはじめて月に降り立って50年というほどには世の中を騒がせているわけではない。それでも12月には横浜の神奈川文学館で「没後50年獅子文六展」が企画されているし、ラピュタ阿佐ヶ谷では9月から「獅子文六ハイカラ日和」と題して映画化された作品を特集して上映している。
獅子文六原作の映画では以前「てんやわんや」を観ている。どうして舞台が宇和島なのかその頃はわからなかったが、自伝的小説である『娘と私』を読むと戦後、住む家がなくなって宇和島に疎開したことがわかる。
ここのところ、筑摩書房で獅子文六作品を文庫で復活させている。昭和の人気作家をもういちど読み直してもらおうというその着眼点はおもしろい。そうでもなければおそらく読むことはなかったであろう作家である。
この作品は1938年に東京日日新聞に連載され、2年後には東宝映画制作で映画化されている。監督は佐藤武。同じころつくられた作品に「チョコレートと兵隊」という戦意高揚のための国策映画がある。2004年にアメリカで発見され、国立映画アーカイブに保存されている。日本人の文化や生活を知るためにアメリカが没収し、長いこと幻のフィルムと呼ばれていたそうだ。
映画「沙羅乙女」の原版ないしはプリントはどこかに保存されていて、どこかで上映されたのだろうか。1930年代に刊行され、映画化された『悦ちゃん』と『胡椒息子』は戦後、テレビドラマ化されている(『悦ちゃん』なんてついこのあいだのことだ)。『沙羅乙女』の映像復活はあるのか。
夢を追いかけるだけの父と夜学に通う弟を養うため、煙草屋の雇われ店主として生計を立てる娘・遠山町子。ふたりの若者が町子に求婚する。ひとりはエリート銀行マン、もう一方は故郷を離れ、菓子職人として独立することを夢見ている。
人間関係の狭間で揺れ動く町子の健気さがいい。映画で観てみたいものだ。

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