2019年4月5日金曜日

半村良『小説浅草案内』

元号が平成になったばかりの頃、浅草の仲見世でテレビコマーシャルを撮影した。もう30年も前のこと。
昭和の初期以前に生まれた方にとって、浅草は日本を代表する歓楽街だったと思われる。東京に来たら、まずは浅草、そして銀座、だったのではないだろうか。小津安二郎監督「東京物語」で上京した父と母(笠智衆と東山千栄子)を戦死した次男の嫁原節子が観光に連れて行く。浅草の空が画面いっぱいに映し出される。
浅草に遊びに行く世代でなかった僕が言うのもおかしな話だが、当時の浅草は今でいう東京ディズニーリゾートのような存在だったのではないだろうか。エンターテインメントあり、グルメあり、遊園地あり、およそ娯楽と呼ばれるジャンルのものはひととおりそろっていた。誰もが憧れる全国区の観光地だった。
しかし、時代とともに新宿、渋谷、池袋、お台場とターミナル駅を中心に人の集まる町が増えていく。それに合わせて浅草も少しずつ廃れていく。往時の輝きをずっと保持していたら、浅草はきっと世界遺産に選ばれていたことだろう。
浅草を舞台にした小説としては川端康成や高見順が知られている。もちろん時代小説も多い。半村良と聞くと『戦国自衛隊』がすぐに連想されるが、以前『葛飾物語』という作品に出会い、SF作家だけではなかったことを知る。
本所、深川を皮切りに方々移り住んだ著者が浅草にたどり着く。浅草の町を歩き、浅草の人をながめ、川本三郎のように路地や横丁に姿をくらます(それでも下駄の音でわかってしまうと思うが)。ひたすら庶民であり続けようとする。かなり素敵だ。
浅草というと浅草寺のある浅草公園の周辺、雷門や仲見世、公園六区のあたりと限定しがちだが、東京15区時代の旧浅草区が、南は神田川の北岸、西は合羽橋、北は三ノ輪や南千住と接するあたりまであったように思いのほか広い。半村良と出会った粋で素朴な浅草っ子たちがこの小説の主人公といえる。

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