2017年8月9日水曜日

吉村昭『高熱隧道』

トンネルを掘ったこともなければ、トンネル工事を想像したこともなかった。
黒部川発電所建設のインフラ整備のひとつとして谷深い秘境にトンネルを掘る話がこの『高熱隧道』だ。
広告の仕事を続けていてよかったと思うのは、自分では経験できなかった職業の人と出会えたことだ。銀行や証券会社、食品会社などの担当者からそれぞれの業界の苦労話を聴くことは楽しいことだ。空調設備の設計や船舶の船級審査など、一生知りえなかった仕事だったかもしれない。製靴会社の工場で見せてもらった職人の技術も忘れられない。
ひとりの人生でふれることのできる職業の数なんてたかが知れている。そういう意味では吉村昭は興味深い作家である。日本全国を駆けまわって蜂蜜を採取する養蜂家、青森県大間でマグロを釣る人、戦闘機や戦艦をつくる人。読書ならではの出会いだ。
東京の葛西に地下鉄博物館という施設がある。トンネルはシールドマシンという円筒形の巨大な掘削機で掘り進むと紹介されていた。さほど難しい作業ではないと思っていた。ところが読んでみると黒部峡谷に穿ったトンネルの工法はそうではない。穴を開け、ダイナマイトを入れ、爆破する。土砂を運び出してはまた穴を開けてはダイナマイト。この作業を延々繰りかえす。トンネルの両端から掘り進み、中心点はほとんどずれないというから驚きだ。技術者の設計がそれだけ正確であるということらしい。
大手ゼネコンである大成建設は「地図に残る仕事」というキャッチフレーズでずいぶん長く企業広告を展開している。魅力を感じる素敵なコピーだ。しかし建設土木というと危険をともなう仕事である。ましてや相手が“自然”ならなおさらだ。命がけの仕事だ。
黒部峡谷のトンネルの場合、現場にたどり着くだけでも命がけの現場であり、自然の脅威にさらされながらの作業が続く。手に汗握るシーンが続く。もちろん手に汗をかくだけでは済まない。なにせ“高熱”なのだから。

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