2016年2月4日木曜日

吉村昭『彰義隊』

及川惣吉さんが亡くなられたと聞いた。
及川さんはわずか数年ではあったが、広告会社でサラリーマンだった時代の僕の上司であり、コピーライターだった。大学卒業後勤めはじめた会社が傾いて、博報堂に文案家として就職しなおし、それから間もなく電通にスカウトされて移籍した。ちょっと風変わりな経歴の持ち主である。昭和30年代半ばのスターだった。
及川さんのすごいところはずしりと響くそのコピーだけでなく、クリエーティブディレクターとして多くのコピーライターやアートディレクターを生み出したところにある。クリエーティブの才能や能力を継承していくのはまさに電通の得意とするところだ。
僕は30歳になる少し前に及川さんに出会った。及川さんは還暦のちょっと手前だった。もう少しはやくめぐり会えて、広告作法を直に学べていたら、僕ももう少しまともなクリエーティブになっていたかもしれない。それでも及川さんは時間さえあれば毎晩のように酒場に連れて行ってくれた。そして飄々と昔話やら友の話やらを聞かせてくれた。
及川さんは酔うとよく踊った。誰かがカラオケで歌いだしたりするとそこらにある棒っきれを手に(本人は刀のつもりらしい)踊りはじめる。店がせまいと路地に出て踊る。最初は呆気にとられるのだが、慣れてくるとカッコいい。男のダンディズムを感じる。阿久悠が作詩して沢田研二が歌った「カサブラン・カダンディ」という曲があった。「男がピカピカのキザでいられた」ハンフリー・ボガードの時代が歌われている。今さらおだてても仕方ないが、及川さんにはそんな粋でカッコいいところがあった。
彰義隊。
サムライの時代はほぼ終わっている。武家社会の栄光だけをたよりに失われた時代にすがりつく男たち。新たな時代の新たな勢力に屈することを拒絶した若者たちのドラマはちょっとした美学=ダンディズムだったのではないか。
2月生まれの及川さんはもうすぐ84歳だった。どうかあの世でもカッコいい踊りを披露してください。

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