2011年4月9日土曜日

司修『赤羽モンマルトル』


司修といえば、大江健三郎の本の装丁家という印象が強い。
細く繊細な線を駆使しながら、メッセージ性の強い表現を生み出す本格派の画家であるとずっと思っていたが、文章家としても素晴らしい。この本を読んでそんな思いが深くなった。
そもそもこの本を読むきっかけは、ツイッターでコミュニケーションしている知人たちが赤羽探検をしたという話(ぼくは参加していないのだが)を聞いて、ぼくの中で急速に赤羽熱が高まったことにある。この『赤羽モンマルトル』と『赤羽キャバレー物語』は2大赤羽物語といっていい。
子どもの頃の記憶では赤羽駅は2階建ての駅だった。真上真下に2階建てではなく、両国や上野のような段差のある2階建て。京浜東北線のホームから見下ろせたのは東北本線のホームだったか。鉄道が好きだったので、下ばかり見ていた。モンマルトルの丘を眺めたことなどいちどもなかった。
未だ赤羽ビギナーであるぼくはまるます家に行ってもどこかぎこちなくうな丼を食べている。常連と思われる赤羽焼けしたおじさんたちの一挙手一投足を横目で見ながら、なんとか赤羽おやじに近づきたいと思っているのである。
先日、まるます家でうな丼を食べた後、荒川まで歩いてみた。おそらく岩渕水門に出るあたりに巴里館はあったのではないだろうか。荒川はここで隅田川と分かれる。いわば赤羽は下町の源流といえる。
司修の青春はこの本だけではくみとれない深い苦悩があっただろう。彼はそのほんの一部を創作したにすぎない。そんなことを考えながらぼくは荒川の流れをしばし眺めていた。

2 件のコメント:

  1. こんな場所もあるんですね、きれいです。

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  2. 荒川が隅田川と分岐する赤羽岩淵にある水門です。
    写真は旧水門でもう少し下流に現役の岩淵水門があります。
    写真の下手側は荒川に浮かぶ小島です。
    hanaさん、コメントありがとうございました。

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