キャッスルロードは彦根城の堀端から京橋を渡ったあたりからはじまる。白壁に黒格子、いぶし瓦、切妻屋根の傾斜を揃えるなど景観を大切にした町になっている。文豪カフェは京橋に近い。
もともと軽井沢にあった川端康成の別荘を解体した際の建材を一部利用してよみがえらせたという。ネーミングの文豪は川端康成を大いに意識しているのだろう。
文豪と聞くと咄嗟に思い浮かぶのは夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介であるが、パソコンを開いて調べてみると川端康成、太宰治、三島由紀夫などの名前が出てくる。長編の大作を残さなかった太宰は文豪のイメージに乏しい気がする。そのほかには谷崎純一郎、山崎豊子、司馬遼太郎あたりか。現代に文豪はいるのか問われればいないような気がする。というか文豪を呼ばれる人は基本過去の人であり、年を重ねて読み継がれることによって人は文豪になっていくのだろう。
少し前から「書くこと」を考えている。本でもさがしてみようかと思っていたが、「書くこと」の本は哲学的なものだったり、文章術などを紹介した指南書だったりする。片っ端から読んでいけばいいのだろうけれどほかにも読みたい本はまだまだあるのでついつい後回しにしてしまう。
この本を手にしたのは著者を知っていたからでも書評を読んだからでもなくパソコンの画面に出てきたのをついポチッ!としてしまったからである。著者自身書くことが好きで日記をつけ、ネットで公開しているうちに書くことが仕事になったという稀有な人である。文章を書いて生きている人であるにもかかわらず、追い詰められている感じがしない。今日一日をゆっくり振り返りながら日記を書いていたんだろう。リラックスして文章に向き合っている印象がある。よっぽど書くことが好きなんだろうなという雰囲気がうかがわれる。
文豪カフェオープニングイベントの翌日、彦根城を訪ねた。
2026年2月26日木曜日
2026年2月21日土曜日
鷹匠裕『愚図の英断』
今月の8日。都心でも雪が降った日に衆議院の選挙が行われた。結果は自民党の圧勝だった。
選挙戦。野党は当然のことながら、与党を批判する。衆院解散の大義は何なのかと。争点は与野党ともに物価高対策だから境目は見えにくい。若い人たちからすれば、人気の高い首相を批判するというのは悪口を言っていると映るらしい。現政権の問題点を指摘すればするほどポジティブな演説を繰り広げる与党が後押しされる結果になる。自民党が票を増やしたというより、野党が悪口を続けることで自滅し、大敗北を喫した形になった。
鷹匠裕の長編は『帝王の誤算』『ハヤブサの血統』『聖火の熱源』に続いて4冊目になる。
著者がSNSで和歌山県の新聞「紀伊民報」に小説の連載をはじめたことは知っていた。それが昨年本になって出版されたのである。そしてようやく読み終えた。
これまで読んだ作品は波乱万丈のドキドキひやひやするストーリーだったが、今回は史実に基づく落ち着いた一冊。それも取り上げたテーマが片山哲という政治家だったこともある。
片山哲は日本社会党の初代委員長であり、日本国憲法制定後初の首相となった人物である。が、こちらの不勉強もあるが、その名前以外はほとんど知らない(多くの人がそうなのではないかと思うが、僕だけか)。
GHQによる占領時代に日本は大きく民主化に舵を切った。左翼中道に寛大な時代背景が社会党を比較第一党に押し上げた。ただそんな時代は長続きはしない。終戦後の混乱した世の中に加え、連立内閣の閣内も混乱を来す。政権は8カ月で瓦解する。
選挙に勝って、首班指名を受け、政権を握り、矢継ぎ早に紛糾し、総辞職せざるを得なくなる。前三作のような波乱万丈が起こる間もなく、あっという間に時代が変わっていった。
昔から野党は右だ左だで対立して自滅する。保守合同後の自民党は異なる意見を駆け引きしながらまとめていく。結局、政治っていうのは大人の仕事なんだな。
選挙戦。野党は当然のことながら、与党を批判する。衆院解散の大義は何なのかと。争点は与野党ともに物価高対策だから境目は見えにくい。若い人たちからすれば、人気の高い首相を批判するというのは悪口を言っていると映るらしい。現政権の問題点を指摘すればするほどポジティブな演説を繰り広げる与党が後押しされる結果になる。自民党が票を増やしたというより、野党が悪口を続けることで自滅し、大敗北を喫した形になった。
鷹匠裕の長編は『帝王の誤算』『ハヤブサの血統』『聖火の熱源』に続いて4冊目になる。
著者がSNSで和歌山県の新聞「紀伊民報」に小説の連載をはじめたことは知っていた。それが昨年本になって出版されたのである。そしてようやく読み終えた。
これまで読んだ作品は波乱万丈のドキドキひやひやするストーリーだったが、今回は史実に基づく落ち着いた一冊。それも取り上げたテーマが片山哲という政治家だったこともある。
片山哲は日本社会党の初代委員長であり、日本国憲法制定後初の首相となった人物である。が、こちらの不勉強もあるが、その名前以外はほとんど知らない(多くの人がそうなのではないかと思うが、僕だけか)。
GHQによる占領時代に日本は大きく民主化に舵を切った。左翼中道に寛大な時代背景が社会党を比較第一党に押し上げた。ただそんな時代は長続きはしない。終戦後の混乱した世の中に加え、連立内閣の閣内も混乱を来す。政権は8カ月で瓦解する。
選挙に勝って、首班指名を受け、政権を握り、矢継ぎ早に紛糾し、総辞職せざるを得なくなる。前三作のような波乱万丈が起こる間もなく、あっという間に時代が変わっていった。
昔から野党は右だ左だで対立して自滅する。保守合同後の自民党は異なる意見を駆け引きしながらまとめていく。結局、政治っていうのは大人の仕事なんだな。
2026年2月17日火曜日
瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』
里親という制度がある。ある事情で親、あるいは保護者と暮らせない子どもが4万人以上いるという。そのほとんどが児童養護施設で生活する(もう少し小規模で家族的なグループホームもある)が、子どもを預かって育てていいという人がいる。いわゆる里親である。里親になるにはいろいろと(年齢など)条件はあるが、希望するなら児童相談所に問い合せて、研修を受ければたいていの人がなれる。自身、子どもに恵まれなかった人もいれば実子とともに里子を育てている人もいる。
特別養子縁組という制度もある。里親里子の関係ではなく、法的にも親子になる制度だ。ユーチューブやこども家庭庁のサイトでこうした事例が紹介されている。動画で見るこれらの親子はいたって明るい。僕みたいに実親でのほほんと育った輩にはちょっと信じ難いところがあるが、自分の知らない世界で自分の知らない家族のカタチがある。いずれにしても多数派である施設の子どもたちは18歳以降、自活しなければならない。大学進学はおろか、アパートを借りるのも困難なことがあるという。新しい家族のカタチがもっと定着してほしいと願ってやまない。
ひょんなことからこの本に出会った。主人公森宮優子には実父水戸を含め、3人の父親がいる。実母は優子が生まれてすぐに亡くなったが、実父の再婚相手梨花がポジティブに主人公を育てる。二度目の父、泉ヶ原は優子をピアノの世界に導く(直接的ではないにせよ)。複雑で何度も苗字を変えた主人公は「新しい家族のカタチ」のなかで、少しは挫折があるものの、のびのびと生きていく。
ネットのレビューには本作品の主人公は優子ではなく、三度目の父である森宮さんではないかとか、優子が育つ道標を用意した二度目の母ではないかという投稿が多くある。まあ、それほど登場人物皆が活躍した物語だ。そして皆が幸せになっていく。本屋大賞に相応しい作品だった。というか、本屋大賞受賞作にはずれはない。
特別養子縁組という制度もある。里親里子の関係ではなく、法的にも親子になる制度だ。ユーチューブやこども家庭庁のサイトでこうした事例が紹介されている。動画で見るこれらの親子はいたって明るい。僕みたいに実親でのほほんと育った輩にはちょっと信じ難いところがあるが、自分の知らない世界で自分の知らない家族のカタチがある。いずれにしても多数派である施設の子どもたちは18歳以降、自活しなければならない。大学進学はおろか、アパートを借りるのも困難なことがあるという。新しい家族のカタチがもっと定着してほしいと願ってやまない。
ひょんなことからこの本に出会った。主人公森宮優子には実父水戸を含め、3人の父親がいる。実母は優子が生まれてすぐに亡くなったが、実父の再婚相手梨花がポジティブに主人公を育てる。二度目の父、泉ヶ原は優子をピアノの世界に導く(直接的ではないにせよ)。複雑で何度も苗字を変えた主人公は「新しい家族のカタチ」のなかで、少しは挫折があるものの、のびのびと生きていく。
ネットのレビューには本作品の主人公は優子ではなく、三度目の父である森宮さんではないかとか、優子が育つ道標を用意した二度目の母ではないかという投稿が多くある。まあ、それほど登場人物皆が活躍した物語だ。そして皆が幸せになっていく。本屋大賞に相応しい作品だった。というか、本屋大賞受賞作にはずれはない。
2026年2月14日土曜日
島崎藤村『若菜集』
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが開催されている。コルティナは以前にも開催地となっている。そのときはコルチナダンペッツォという表記だったと記憶している。記憶といえばオリンピックの最初の記憶はメキシコ大会であるが、さほど印象に残っていない。道徳の授業でいつも視聴する番組の代わりにメキシコ大会の中継が放映された。
オリンピックの競技をテレビにかじりついて見たのは小学校六年生のときの札幌大会だ。当時のアルペン女王のアンネマリー・モザー=プレルがスイスの伏兵マリー
テレーズ・ナディヒに滑降、大回転の金メダルを奪われ、無冠に終わったこと、三冠をかけた回転でアメリカのコクランが勝ったことなどを憶えている。もちろんジャンプ七十メートル級の金銀銅独占は感動した。
今回の冬季オリンピックを見て思うのは競技数の多さだ。冬の大会といえばスキー。アルペンとノルディック。スケートならフィギュアとスピード、ホッケー。後はボブスレーとリュージュ。そんなものだった。
今はすごいね。以前から競技は増えてきてはいるが、スキーのモーグル、スノーボード、スケートのショートトラックなど。さらに団体戦なども設けられている。カーリングもいつしか人気の話題になっている。目のやり場に困る。どこを見ていいかわからない。
スピードスケートのショートトラックは格闘技のようで偶然性に大きく支配されている。これがスポーツかと思う。モーグルやスノーボードはどこが難しい技なのか、どうやって得点をつけているのかがわからないでいる。
で、結局トラディショナルなノルディック、アルペン、スピードスケート、フィギュアスケートばかりを見ている。
詩集はほとんど読まないが、以前、中原中也を読んだ記憶がある。図書館で朗読のCDを借りて、聴きながら読んだ記憶がある。今回もユーチューブで朗読をさがして音でも楽しみながら読んだ。今更ながら島崎藤村はすぐれた詩人だ。
オリンピックの競技をテレビにかじりついて見たのは小学校六年生のときの札幌大会だ。当時のアルペン女王のアンネマリー・モザー=プレルがスイスの伏兵マリー
テレーズ・ナディヒに滑降、大回転の金メダルを奪われ、無冠に終わったこと、三冠をかけた回転でアメリカのコクランが勝ったことなどを憶えている。もちろんジャンプ七十メートル級の金銀銅独占は感動した。
今回の冬季オリンピックを見て思うのは競技数の多さだ。冬の大会といえばスキー。アルペンとノルディック。スケートならフィギュアとスピード、ホッケー。後はボブスレーとリュージュ。そんなものだった。
今はすごいね。以前から競技は増えてきてはいるが、スキーのモーグル、スノーボード、スケートのショートトラックなど。さらに団体戦なども設けられている。カーリングもいつしか人気の話題になっている。目のやり場に困る。どこを見ていいかわからない。
スピードスケートのショートトラックは格闘技のようで偶然性に大きく支配されている。これがスポーツかと思う。モーグルやスノーボードはどこが難しい技なのか、どうやって得点をつけているのかがわからないでいる。
で、結局トラディショナルなノルディック、アルペン、スピードスケート、フィギュアスケートばかりを見ている。
詩集はほとんど読まないが、以前、中原中也を読んだ記憶がある。図書館で朗読のCDを借りて、聴きながら読んだ記憶がある。今回もユーチューブで朗読をさがして音でも楽しみながら読んだ。今更ながら島崎藤村はすぐれた詩人だ。
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