久しぶりに獅子文六を読む。
この本を読むまで知らなかったが、かつた近江出身の薩摩治郎兵衛という商人がいた。治郎兵衛は盆暮れの休みは読み書きの稽古に励み、給金もほとんど主人に預け、とにもかくにも仕事ひと筋。幕末に日本橋に薩摩屋を興す。一代で巨万の富を得た治郎兵衛の孫が薩摩治郎八。オックスフォード大学に学び、パリに移住する。ヨーロッパの社交界での華麗で豪快な振舞いから「バロン薩摩」と呼ばれるようになる。
獅子文六が書いたこの小説はバロン薩摩伝である。戦後焼け出され、出版社の伝手で借りた駿河台の家がかつての富豪の屋敷であり、その後転居した大磯の家がその別荘っだったりしたことで主人公は但馬太郎治=バロン薩摩に少なからぬ縁を感じる。実際に文六が暮らした駿河台と大磯の家がかつて薩摩家の所有であったわけではないらしい。
しばらく太郎治は忘れらていたが、新しい小説のネタさがしに主人公は旅に出る。吉野で桜を見ようという試みは時期尚早、急遽徳島に渡る。そこでついに太郎治と邂逅を果たす。
それにしても大富豪という人種は日々どんな思いで生きているのか。その巨万の富というのは自ら汗を流したわけでもなく、祖父と父から引き継いだものである。MLBで2年連続50本塁打を放ったことによって得たものでもない。どちらかといえば父親の政治資金みたいなものだ。ただただ思いつくがままに費消していったのだろう。使っても使っても使い切れない額のお金を手にしたことのないわれわれには想像のおよばない世界である。
先日、母が口座を持っていた信用金庫に行って相続の手続きをした。大した額ではない。元気な頃は元気な頃でささやかな年金からささやかな貯金をしていた。病に倒れ、施設で暮らすようになってから年金は施設の利用料に消えた。母の遺した預金の額が10桁くらい多かったとしたら、それは僕のこれからの人生にどのような影響を与えるだろうか。
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