南伸坊って不思議な存在だなと思っていた。もちろん彼をくわしく知っているわけではない。著書を多く読んだわけでもない。以前『笑う写真』という本を読んだことがある。内容はほとんどおぼえていない。目立った作品を残しているわけでもない。大きな賞を獲って世間の耳目を集めたという話も聞かない。なんとなくおにぎりみたいな風貌で主張の強くないイラストレーションを描く、親しみやすそうな人といった印象があった。
この本を読んでよかったと思うのは、こうした僕のなかのぼんやりした南伸坊の輪郭が少しだけはっきり見えてきたことだ。
南は絵や図案が好きな少年だった。子どもの頃からデザイナーという職業に憧れていた(その経緯はともかくとして)。そして挫折をくり返した。高校も大学も受験は失敗。無試験で美学校に入り、赤瀬川源平らから教えを受ける。その後ひょんなことから青林堂の編集者になる。転機が訪れたのだ。伝説の月刊漫画誌ガロの編集にたずさわりながら、多くの才能に出会う。そこは彼の、おもしろいものを見つけるための修行の場でもあった。
南は昭和22年生まれ。いわゆる団塊の世代である。数多くの才能が過酷な競争を経て磨かれていった時代だ。僕が二十代なかばで広告制作の世界に飛び込んだとき、団塊の若者たちは勢いのある、ある意味ぎらぎらした若手だった。CMディレクターにせよ、コピーライター、グラフィックデザイナーにせよ。南伸坊はそんな熱さを感じさせない。その世代のなかではきわめて特異な存在だ。受験にこそ恵まれなかったが、実社会のなかで和田誠、安西水丸、湯村輝彦らすぐれた教師に出会ったのだろう。それは東京芸術大学のデザイン科に進むよりも価値があったんじゃないか。
この本には南が模写した絵が多く載っている。きっと子どもの頃からこんなふうに絵を描いて過ごしてきたのだろう。絵が大好きだったことはパラパラとページをめくるだけでわかる。
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