2018年5月25日金曜日

安野光雅、藤原正彦『世にも美しい日本語入門』

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小学5年生のときだったか、夏休みの林間学校で訪れた箱根。観光バスに同乗していたタノヨシマサ校長(字は思い出せないが、頭の禿げ上がった筋肉質の先生だったとうっすら記憶している)が「箱根八里」を歌いはじめた。
校長はこの古めかしい歌を歌ったあと、函谷関とは、萬丈の山、千仞の谷とは、羊腸の小径とは、と解説を加えていった。当時わからないこともあっただろうけれど見事に記憶に残っている。
そして皆で歌った。見たことはないけれど往時の武士(もののふ)が脳裏をかすめた。
日本人の教育ってこういうことなんだとこの本を読んで思う。
以前観た篠田正浩監督の「少年時代」では少年たちがガキ大将を先頭に軍歌を歌いながら登校する。歌(歌詞は、あるいは言葉はと言い換えてもいいかもしれない)は日本人に身近だったことがわかる。そして日本語も日本人としての考え方も矜持も植え付けられていく(もちろん軍歌がいいと言っているわけではない)。
『国家の品格』でおなじみの藤原正彦は作家新田次郎のご子息であり、母親は『流れる星は生きている』の藤原ていである。さらには小学校時代の図画工作の先生が安野光雅であったと知って驚いた。
近年、学校でも国語の授業がどんどん減らされているという。美しい日本語との接点が失われていく。戦後、「赤とんぼ」の三番の歌詞が歌われなくなった。民法上婚姻は16歳以上であること、ねえやが職業蔑視という理由からだという。「春の小川」も「さらさらながる」という歌詞が「さらさらいくよ」に「書き換え」が行われている。美しい文語文は路面電車のように忌み嫌われていたのだろうか。
それはともかく、この本で美しい日本語に触れるたびに、日本人に生まれてよかったと思う。どうせならもっとちゃんと勉強しておけばよかった。
あの頃の校長先生のように語り継ぐべき素晴らしい日本語を僕は身につけているだろうか。

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