2014年7月5日土曜日

向田邦子『霊長類ヒト科動物図鑑』

南青山のスペースユイで開催されていたあずみ虫の個展「物語のための絵」を観にいった。
あずみ虫はブリキの板だか、アルミの板だかをはさみで切って着彩するというちょっと変わったイラストレーションを描く作家である。陶器に着彩したブローチなんかもつくっている。僕は秘かにブリキのイラストレーターと呼んでいる。
紙のように人のいうことを聞いてくれる素材じゃないから、まずカタチがゴツゴツというかカクカクしている。金ばさみで切りながら、ああここで一息ついたんだろうなというあたりが見ていてわかる。子どもの工作みたいだというとちょっと安易に聞こえるかもしれないが、その輪郭は鉛筆や画筆では絶対再現できない唯一無二のありがたさが感じられる。ゾウだのキリンだの鳥だのが、あずみ虫オリジナルの世界からやってくるのだ。
それでいてそのブリキに描かれる絵が繊細で息をのむようかと言われれば、まったくそんなことはない。チャッチャッチャッと筆を走らせているのだ(本当はそうじゃないかもしれないけれど少なくとも僕にはそう見える)。そうやってつくられたイラストレーションは昆虫の標本ケースのような箱におさめられ、展示される。僕らはガラス越しに作者の世界をのぞき見る。
このイラストレーションの素晴らしさは、何より楽しそうなことだ。作者、つまりあずみ虫は口もとに笑みを浮かべながら、工作好きな少年のようにブリキを切っているにちがいない。お絵描きの時間が大好きな少女のように色を塗っているにちがいない。できあがったイラストレーションをドールハウスに並べるように、蝶の標本をレイアウトするようにだいじにだいじにケースにしまう。実に楽しそうなアトリエの風景が目に浮かんでくる。
スペースユイの窓際のテーブルに向田邦子『霊長類ヒト科動物図鑑』の文庫本が置いてあった。よく見ると新装版とあり、表紙のイラストレーションがあずみ虫だった。以前読んだときはたしか村上豊の絵だったと思う。その絵も素敵だったけど、あずみ虫のイラストレーションもこの本によく合っていると思う。

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