2006年9月13日水曜日

湯本香樹実『西日の町』

母方の祖父は千倉町の実家に飾られた遺影でしか、顔を見たことがない。母が中学生の頃だから、おそらくは40代で他界している。
どこの家でもそうとはいえないが、母方の祖父母、きょうだいに関しては子どもたちに話して聞かせる機会が多いせいか、多少なりともイメージ構築がなされているものだ。
ぼくの祖父は漁師の町で数少ない陸者で大工だった。写真を見てもわかるのだが、なかなかの男前で、戦争に行っていた頃は軍服を颯爽と着、馬を乗りこなしていたという。
母ひとり子ひとりの家庭で育った主人公の「僕」と母親、そして祖父の物語が『西日の町』だ。北海道で農地を切りひらき、馬を駆り立て、勇猛果敢に生きた祖父が、息子とふたりで生きるために北九州まで流れ着いた娘のアパートに転がりこみ、やがて衰弱し、死んでいく。
以前読んだ『ポプラの秋』とはちょっと趣の異なる小説で、昭和40年代の、いわゆる高度成長期と呼ばれる時代の影の部分が妙になつかしく、無彩色の風景が脳裏いっぱいにひろがり、切なくなる。
こうした豊かさの光が注がれなかった貧しさ、古きよき時代の負の情景とそこに必死で生きる人の群れを当時の少年たちはちゃんと語り継いでいるのだろうか。