2026年4月3日金曜日

竹村優希『神様の棲む診療所』

一度だけ沖縄を訪れたことがある。
あるかつらメーカーのテレビコマーシャルの撮影をするためだ。ゴルフ場でふたりの男がラウンドしている。ゴルフの用具選びは難しい、できれば試し打ちなどしたい、かつらも自分に合うか合わないか試してみないとわからない。というわけで今無料試着キャンペーン実施中ですといった内容だった。
ゴルファーのひとりはタレント契約していたプロゴルファーのAさん。4月の撮影だったのでなるべく南に行った方がグリーンが美しいのではないかということでAさんの伝手で沖縄のゴルフ場を紹介してもらったのである。
那覇に着いて、翌日ロケハン。その翌日撮影本番。その夜、Aさんの知り合いの店で打ち上げをして、翌朝帰京といった三泊四日の旅程だった。はじめての沖縄はホテルとゴルフ場の往復と夜の国際通りをうろうろしたくらい。最後の日は観光してもよかったのだが、ロケ撮影が終わっても東京で仕事が待っていた。何度かロケ撮影で地方に出かけたが、観光などする余裕がないのはいつものことだ。
この本の舞台は沖縄の南城市のはずれ、海沿いにある診療所。沖縄で沖縄らしい(何をもって沖縄らしいというのも定かではないが)風景を見たわけでもないので昔ドラマや映画で見た沖縄を思い起こしながら読みすすめる。
妖怪は日本各地にいた。今もいるかもしれないが、くわしいことはわからない。「ゲゲゲの鬼太郎」で得た以上の知識を持ち合わせていないから。沖縄にも妖怪がいたようだ。ガジュマルの妖精キジムナーなどが代表的。日本各地の妖怪がかつて人びとの生活に身近な存在であったように沖縄では今でも妖怪や妖精たちと親密に暮らしていることがこの本を読むとわかる。日本は少子高齢化社会へと突きすすんではいるもの、妖怪とともに生きた超高齢者が少しずついなくなることでかつて日本人の生活のなかを跋扈していた妖怪たちもいよいよ生きにくい時代を迎えているのかもしれない。

2026年4月1日水曜日

瀬尾まいこ『幸福な食卓』

もともと蕎麦が好きで、もり蕎麦をたぐって辛汁にちょいと付けるのが好みだった。寒い時期には鴨せいろ。蕎麦は冷たいがあつあつの汁をくぐらせる。デフォルトはもり蕎麦、ざる蕎麦で蕎麦屋で天ぷらを食べることはあまり多くなかった。天ざるは一部の店を除いて注文することはない。それでも少しずつ好みが変化している。最近そんなことに気づいた。
ある時、近所の蕎麦屋でお品書きにないいか天蕎麦が短冊になって貼られていた。天ざるもほとんど食べないが、天ぷら蕎麦もあまり食べない。立ち食いそばでかき揚げとかゲソ天を頼むことはあるけれど。というか立ち食いそばでは何がしかの天ぷらをのっけないと食べていてちょっと手持無沙汰になる。
さてそのいか天蕎麦を試しに頼んでみるとこれがうまい。蕎麦がさほどうまいわけでもない。普通の蕎麦屋の普通の味だ。つゆがうまいわけでもない。飛び切り出汁がいいわけでもなく、かえしがいいというわけでもない。普通の蕎麦屋の普通のつゆだ。
ひと口すすり、ふた口すすり、天ぷらを少し食べて、つゆをすする。天ぷらからつゆにうつる綿実油がうまいのだとようやくわかる。以後、天ぷら蕎麦にはまってしまった。普通の蕎麦屋で食す普通の天ぷら蕎麦を食べくらべるようになった。
いわゆる名店の天ぷら蕎麦はうまい。神田の老舗蕎麦屋の天吸いなんぞはおかわりしたくなる。ごま油なぞ使っているのだろう風味豊かで圧倒される。もちろんそれなりのお値段ではある。ただね、2,000円、3,000円の天ぷら蕎麦がうまいのは当たり前のことでそれで幸せかといえば、お金を払ったぶんだけ幸せである。それよりもっと幸せなのは1,000円ちょっとで味わえる天ぷら蕎麦なのではないだろうか。
瀬尾まいこは3冊目になる。穏やかな毎日の描写が好きな作家である。なのになあ、なんでこんな展開にしちゃうんだよ、悲しすぎるじゃないかと思ってしまった一冊であった。